前回は、意外な発見と3.11のときのお話をしました。今回は、3.11のその後と長文のデコード結果の品質を上げる案のお話です。
計画停電からの解放
3.11の翌週、東京電力による計画停電が始まりました。1日に何度も東京電力のプレスリリースを確認し、日替わりで変化する停電の時間帯にあわせて、毎日、サーバー類のシャットダウンと起動を繰り返しました。在宅勤務の社員からは、「本当に停電しました」という報告が何件も寄せられましたが、結局、某I社では一度も停電しないまま、最初の週が終わりました。
その翌週、東京電力から、より詳細な情報が公開された段階で、実は某I社が入居しているビルは、計画停電の対象外だということが判明しました。念のため、東京電力にも問合せをしたところ、確かに対象外だと確認でき、世間よりかなり早い段階で計画停電から解放されました。電車の間引き運転は続いていたので、通勤の不便さは残っていましたが、あの歴史的大震災から10日程度で普段どおりの状態に戻ることができ、非常に助かりました。
ひらめいた
さて、300万センテンスのパラレル・コーパスを用意し、新たに言語モデルと翻訳モデルを作成しましたが、デコード結果に目を見張るような品質向上は見られませんでした。ある程度のコーパスを確保できたら、そこから先の品質向上は鈍化するのでしょう。単にコーパスの量を追い求めるだけだと、この頭打ちに近い状態から抜け出せそうにありませんでした。何か改善策はないかと、デコード結果とにらめっこが続きました。
一般的に機械翻訳の訳文は、短文だと比較的うまくいくのに、長文だと使い物にならないことが多いです。某I社の統計的機械翻訳も同じような傾向にありましたが、同じ長文でも、文法的には非常に簡単なのに、デコード結果がかなりおかしなものがあった反面、文法的には難しいはずなのに、デコード結果は良好なものもありました。
この差は、一体何なんだろう。。長文でも安定的に良質な訳文を生成できるようになれば、ポストエディットの作業効率は格段に上がるので、何とかして理屈を解明し、解決したい課題でした。そして、いくつもの原文と訳文を眺めているうちに、ある仮説を思い付きました。
- 要するに、デコードの基となる「フレーズ対」が正しくないと品質は上がらないので、正しいフレーズ対を作ってくれるようなコーパスを人為的に作ってあげれば、デコード結果の品質は上がるのではないだろうか。
- 特に長文では、英語と日本語のフレーズの組合せが無限に広がってしまい、正しいフレーズ対になる確率が大幅に下がってしまうので、ある手法でコーパスを作ってしまおう。
すべての長文に対して効果があったわけではありませんが、全体的には確実に効果がありました。以下は、うまくいった例です。
原文 | Also, unstructured data such as text, graphic images, still video clips, full motion video, and sound waveforms tends to be large in size. |
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機械翻訳(改善前) | waveformsもなる傾向があります。テキスト、グラフィック・イメージ、サウンド、ビデオおよび、フル・モーション静止ビデオ・クリップなどの大型で非構造化データ |
機械翻訳(改善後) | また、テキスト、図形イメージ、静止ビデオ・クリップ、フル・モーション・ビデオおよびサウンド・ウェーブフォームなどの非構造化データは、サイズが大きくなる傾向があります。 |
人間翻訳(手本) | また、テキスト、図形イメージ、静止ビデオ・クリップ、フル・モーション・ビデオおよびサウンド・ウェーブフォームなどの非構造化データは、サイズが大きくなる傾向があります。 |
原文 | For example, emphasized text can be rendered as italics on a desktop, or as underlined text in handheld devices. |
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機械翻訳(改善前) | たとえば、強調テキストか、携帯情報端末では下線として、デスクトップではイタリックとしてレンダリングできます。 |
機械翻訳(改善後) | たとえば、強調テキストは、デスクトップではイタリックとしてレンダリングし、携帯情報端末では下線としてレンダリングできます。 |
人間翻訳(手本) | たとえば、強調テキストは、デスクトップではイタリックとしてレンダリングし、携帯情報端末では下線としてレンダリングできます。 |
実験は99センテンスで行ないましたが、ご覧のように改善効果はBLEUスコアにも反映されています。
改善前 | 0.7024 |
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改善後 | 0.8458 |
肝心な「ある手法」の中身が気になるかもしれませんが、今はまだ明かせません。。また、「ある手法」を忠実に実行するためには、かなり人手がかかってしまうため、どうやって効率化を図るかが課題でした。しかし、どういうコーパスを用意すれば、より正しいフレーズ対ができるのかがわかったのは、非常に大きな収穫でした。
次回は都合のいいコーパスです。
[注] この回顧録は、かつて勤めていた会社で書いた連載を復元したもので、某I社の現在の状況を反映している訳ではありません。